楠木建教授、サイトの著述を見ただけですが、共感します。

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楠木建氏をご存知の方、多いのでしょうか。
一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授。ブックオフコーポレーション株式会社社外取締役。全日本空輸株式会社経営諮問委員。マネックス証券株式会社アドバイザリーボードメンバー。2010年5月発行の『ストーリーとしての競争戦略』(東洋経済新報社)は、本格経営書として異例のベストセラーとなり、「ビジネス書大賞2011」の大賞を受賞した方だそうです。

私は「小さな組織の未来」というサイトで初めて知りました。そのサイトで触れただけですが(他の著述はこれから読んでみます)、かなり面白かったですし、ものすごく共感しました。以下が、その内容の一部です。

●経営には「好き嫌い」が大切。本来「好き嫌い」で考えるべき経営のさまざまな分野に「良し悪し」がどんどん侵食して「良し悪し」の議論が「良い経営」を殺している。「好き嫌い」の復権が重要。

●「良し悪し」がなぜダメかというと、論理が直観を妨げるからです。重要な戦略的意思決定ほど、直観に依存する度合いが大きくなる。「好き・嫌い」を自分で問い詰めていかなくては直観力が出てきません。

●言い換えるとそれは分析と総合の違いともいえます。「この事業をやるのか、やらないのか」という判断は、とても多元的な意思決定になります。これを分析的に行おうとすると、まず、要素に分解するところから始まります。

●これがいかにマズいかは、結婚を例に挙げるとよくわかります。結婚相手を良し悪しで、つまり分析的に決めようとすると、相手の価値を容姿、性格、職業といった要素に分解することになります。

●そもそも戦略という概念そのものが、「良し悪し」よりも「好き嫌い」を前提としているようなところがあります。

●競争があるということはさまざまなプレイヤーがいるのだから、皆と違うことをやらなくてはダメだという考え方です。「違い」とは、「うちの方が薄い、軽い、ベターである」ということではなく、質的に「違う」ということです。

●質的な違いといっても「うちの方が質がいい」では、量の競争。特定の尺度をあててどちらがベターではなく、「男女」のように物差しがない違い、つまりdifferentということです。

●競争の中で「違い」を作ることが、戦略の「せ」の字。戦略を作る人の頭に「良し悪し」の物差しが持ち込まれてしまうと、何が一番大切で良いことなのかを考えてしまう。それはその企業に独自のポジショニングを破壊します。無限大の選択肢がある競争空間の中で、「一番いいものをやろう」という考え方では、違いは生まれません。いいものなら皆とっくにやっていますからね。

●「好き嫌い」がないと人間「良し悪し」に流れます。でも、どうせ自分のできることなんて知れています。

●好き嫌いの方が良し悪しよりも大事だといっても、当然、最低限の良し悪しは法律で担保されています。ビジネスであれば、商法、会社法、証券取引法、労働基準法といった法律があります。法律が世の中の普遍的価値を反映しているとすれば、良し悪しの議論はそこで済ませてしまい、あとは「好き嫌い」で判定していいのではないでしょうか。巷で言われるブラック企業論の良くないところは、法律の話と好き嫌いの話が混在していることです。

●「好き嫌い」に基づく選択が素晴らしいのは、定義からして、好きなことをやっている時点で勝っている、ということです。負けは無い。

●自分の思った通りに物事がうまくいくことなんてほとんどないのが現実の世の中です。常に失敗する可能性がある。むしろ失敗の方がずっと多いはず。そのときは「あー、はずしたな」って、さわやかにフルスイングで空振りすればいい。そのあと、また別の好きなことをやればいいんです。

●とはいっても、大企業ではあまり「好き嫌い」ばかりも言っていられないし、上場していたら外野から「良し悪し」で判断した株主が「良いこと」をやれと言ってくる。それに比べれば、経営の原点である「好き嫌い」に基づいて戦略を決められることこそが、小さな組織の強みなのではないでしょうか。

●趣味と仕事の違いは、「自分のためにやる」か「他人のためにやる」かということです。当たり前ですが、他人のためにならないと、仕事にならない。競争がある中で人に必要とされなくては商売になりません。商売や経営の好き嫌いは趣味のそれとは異なります。

●なぜ人に必要とされるほどいい商売ができるかといえば、それは何かについて、よほど上手だからですよね。上手になるためには、継続的努力の投入が必要。では、なぜそれができるかというと、結局のところ、「好きだから」。つまり仕事にとっての「好き」の本質は、「努力の娯楽化」なんです。「好きこそものの上手なれ」と昔から言いますが、努力が娯楽化できれば、その人は楽しいことだけやっているのに、外から観察していると努力をしているように見える。その結果、他の人よりそれが上手になるので結果として仕事もうまくいく。

●原点にあるのはそのこと自体が「好き」だということです。大事なのは理屈抜きに「好き」なことで、理屈があればそれは「良し悪し」になる。

●大切なのは、「好き嫌い」の対象が表面的な「職業」や「商材」ではなく、もう一段抽象度の高い、仕事を支える「論理」であるということです。

●世の中、ひとりひとり違います。お互い尊重しあって多様性が広がり、顧客の選択肢も広がる、というのが成熟した社会です。その最前線にいるのが、「好き嫌い」を前面に出しやすい小さな組織ではないですか。

●好き嫌いにはインセンティブが不要で、コストが圧倒的に安い、というメリットがあります。
そもそもインセンティブという考え方が、「目標を達成したら報酬」、つまり「良いことをしたら評価する」ということですから、良し悪しの帰結です。インセンティブを与えるためにはお金を始めとするさまざまな経営資源を使わなければならない。

●これに対して、「好き」は内在的なもの。カネの多寡にかかわりなく、本人が好きでどんどんやる。そちらに注目した方が成果も出るしコストも安い。こんないい話はないでしょう。

●インセンティブでお金をもらっても、最初は嬉しいですが、1週間もすればどんどん慣れて、限界効用が低減していきます。

●インセンティブは外在的な報酬だから、慣れて麻痺してしまう。でも、「好き」なことはやればやるほど好きなことが濃く分かってきますから、時間軸で考えればむしろ効果が上がる。時間経過に対する効果の変化も「好き嫌い」と「良し悪し」の重要な違いです。

●その人の「好き」を支えるロジック、メカニズムを見てあげるということが必要なのであって、それが経営者の重要な仕事なんです。

●短期集中型のプロジェクトを実施して、成果を出して、お客様に評価されるというサイクルを短期間で回すのが好きな人もいれば、日々同じことをコツコツと繰り返して会社全体がうまく動くように支える働き方が好きな人もいる。

●仕事の好き嫌いというのはそういう論理レベル、抽象レベルに引き上げないと本当のところは分からない。その意味で「好きなことをさせてあげる」のが経営です。逆に言えば、「営業と内勤どっちが好き?」というのは最悪の選択です。

●所属部署というベタベタに具体的な次元で人の好き嫌いを定義するのは愚の骨頂なのですが、このことに大半の企業は気がついていません。

●人間が仕事をしていくことは、自分の好き嫌いの本質を自分でずっと探していく、自分で発見する長いジャーニー(旅)のようなものです。

●すぐ分かってしまっては面白くない。今の自分は何を「良し悪し」で動いているか、何を「好き嫌い」で動いているかを棚卸ししてみてください。

ね、「金言の宝石箱やぁ〜」でしょ。

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